カセルがあることで皆が幸せになれる、そんなお店でありたい
Q.今のお仕事を始めたきっかけは何ですか?
もとは自動車メーカーのエンジニアだったんですね。
20代後半のころに上司から「5年後10年後を考えて仕事をしたことはあるか?」と聞かれたことがありまして、その時は「無いです」と答えたんですね。
30歳を過ぎた頃にその言葉をふと思い出したんです。
その時自分に当てはめて考えたんです。5歳上の上司や10歳上の上司を思い浮かべてみたときに、自分のビジョンとは合わなかったんです。
それなら、自分でビジョンを作れる仕事がしたいなと思ったんです。
ということは、脱サラをして独立するしかないとなったんですね。
独立ありきだったので、ラーメン屋でも蕎麦屋でもよかったのかもしれなかったんですけど。
結婚前の奥さんに「パン教室に行かないか」と誘われまして、行ってみたら結構楽しくてハマったんです。
なので、何屋さんをしようかとなったときにピンときてパン屋さんに決めたんです。
Q.修行等もされたんですか?
そうですね。まずは市内のパン屋さんを回ったんですが、自分の求めるスタイルになかなか出会えなかったんですね。
その当時既に結婚していたので、そんなに遠くには行けないなと勝手に思っていました。
でも奥さんは「東京でもどこでも行って修行してきたら?」と言ってくれましたので、今度は東京の方も見に行ったんです。でも見つからなくて。
今度は奥さんが、たまたま雑誌で岐阜県の高山にある良さそうなパン屋さんを見つけてくれまして、旅行がてら行ってみたんです。
そこのパンを食べたら衝撃を受けまして、ここしか考えられない!となりました。
最初は、ここで働かせてくださいと言ってもすぐに断られてしまったんですね。もう34歳でしたので。
「そこを何とか」とお願いしたところ、面接だけでもしてもらえることになりました。
面接で上手くしゃべることができなかったらいけないなと思い、自分の思いを手紙にして履歴書と一緒に送ったんです。
そうしたら、面接のときにその手紙の内容をとても気に入ってくれていたんです。
本来、入社も順番待ちになるようなお店だったのですが、それも飛び越えて入れてもらったんです。
そこで4年弱修行をしまして、2008年に独立・開店をしました。
Q.一番苦労した点は何ですか?
やはりスタッフをどう育てるか?どうやってモチベーションを維持して続けてもらうかということです。
やる気があって「パン屋さんで働きたい!」という人は大丈夫なんですけど、何をしていいかわからずになんとなく「パン屋さんは面白そう」という人は難しいです。
楽しい、優しいイメージを持ってくるのですが、パン屋さんは意外と泥臭い仕事なんです。
イメージとのギャップがあったりして難しいですね。
Q.どのようにスタッフを育成したり、モチベーションを維持するのですか?
まず、パン屋さんの労働条件は一般的な企業よりも厳しいんです。
自分も修行時代には、朝が早いのは当たり前だけど、その分終わるのも早くて、夕方からはのんびりできるだろうと思っていたんです。
そしたら全然逆で、朝は2時半から始めて、夜は20時まで働くという。
家に帰ってもお風呂夕飯と済ませると、寝られるのは4時間くらい。
そういう生活をしていました。
自分はサラリーマンから転身しましたので、「まだこの時代にこんな仕事があったのか」という思いでした。
しかし、パンの技術を身に付けるには、ある程度のいわゆる修業が必要なのも事実だと分かりました。
なので、自分のときはその中間を狙ったんです。
8時間労働でもなく、15時間労働でもない。
ならば11時間くらいかなと思って始めたのですが、なかなか続かないんです。
自分が働いていたときは修行という感覚でいましたので、お給料に関係なく技術を盗んで学びたいという気持ちでいたのですが、いざ自分で始めると、そういう人ばかりではないんですよね。
やはり条件も大事だし、でも修行もしたい。
有名店でもないので、しがみついてまでは皆働かないんですよね。
自分の場合は入社の順番待ちになるくらいの有名店でしたので皆必死にやるんです。
そのギャップがあって、それを埋めないといけないと思いました。
ちょうど先ごろ始めたのは、労働時間は8時間としました。それ以上は残業代も出る。
修行のときは残業代なんてありませんでしたから。どれだけでも働かされる。
そういうのはやめて、時間は8時間と決めてそれ以上はちゃんと残業代も出るようにしたんです。
そうすると、労働時間に関してはクリアーですよね?
今度は賃金ですが、固定給でいくらでも働かせるのはおかしいので、わかりやすく時給制にしました。残業は1.25倍ちゃんと出るように。
その代わり、お休みの間は給料もないので、条件は決して良くはないのですが、分かりやすくなって不満もなくなったんです。
もう1つ、うちに来る人はやはりパンの技術を覚えたいので、3年間働けばパンの技術が一通り身につくシステムを作ったんです。
学校のようですけど、1年目・2年目・3年目でそれぞれのポジションに付いて、それを全部やればパン作りのイロハを身に着けられるようにしました。
そうすればパン屋も開けるし、他のパン屋に行っても即戦力で働けます。
自分の修行時代も、何年働けばいいんだろう?と思っていました。
先輩がやめない限り、自分も上のポジションにいけない。
そんな時は社長と相談して、ポジションを入れ替えてもらったりしました。
なので、ウチのお店では3年働いたら修了なんです。
春には新しい新卒の人を入れるので、3年働いた人は卒業しないといけないんです。
そうすると、「自分は1年でこのスキルを身につけた」「2年目はこれを身につける」と先が見えるようになるので、「3年は頑張ろう」とモチベーションを保てるかなと。
Q.3年働いたら卒業なんですね。
そう思うと、3年間育て上げてきてようやく一人前になったときに卒業なんですよね。
恥ずかしい話かもしれないのですが、振り返ると3年続いた人っていないんです。
だったら、3年働いてくれたら御の字かなと。
自分だって4年弱しか修行していないのに、5年も6年も働かせようなんて虫が良すぎるんですよね。
そこは、自分の持っている技術を3年でしっかり教えてあげて、その代わり3年間はしっかりやってねという、ギブアンドテイクのような感じでやっています。
専門学校を出たばかりの子は知識で頭がいっぱいかもしれません。
そういう子たちも、何時間も働かせられるようなお店や同じことを繰り返しさせるようなお店ではなく、8時間の勤務の中でしっかり技術が身に着けられるようにして、独立したりパン屋さんに就職する前のワンクッションのような位置づけにしています。
Q.近くにスーパーもあるような環境ですが、たくさんのお客様が来て下さいますよね。 そういった成功のポイントは何でしょうか?
まだ、成功している実感はありません。
スタッフは3年間で卒業としていますので、そのシステムのために、通常より一人スタッフを増員しているんです。
なので、自分の手が空き始めているんですよ。
これから、カセルをどう発展させていこうかというところのやっと行きかけているんです。
今はパンを作るだけで手一杯でしたので、新商品を考えたり情報を発信したり売り込みをしたりする、経営者的なことはできなかったんですが、これからはそういうことができるようになるので、やっと成功に向けて歩んでいけるところですね。
Q.今後、どんなお店にしていきたいですか?
「どこか美味しいパン屋さんはありますか?」と聞いたときに「富塚のカセルさんがおいしいよ」と言ってもらえるようになりたいですね。
お客さんに愛されるお店にしたいです。
あとはパンの種類も増やしたいですね。そうしながら、将来もうちょっとお店も大きくしたいのですが、今はこの中で最大限できたらいいなと思います。
Q.やりがいを感じるときはどんな時ですか?
美味しいと言ってもらえたら一番うれしいですね。
特に子どもさんが「これ食べたい」と言っていると、以前食べておいしかったのを覚えていてくれたんだなと思いますし、それでまた来てくれる。
そういう姿を見るとうれしいですね。
また、カセルのパンを食べて育ってくれる子どもさんがいること考えると、安全安心なパン作りは必須だと思います。
安全安心というのは初めからのコンセプトでもあるのですが、やればやるほど痛感します。
使命というべきか。そうでなければ、コンビニやスーパーで買っても同じになってしまいますしね。
Q.経営をするうえでやってはいけないことは何ですか?
経営理念として、「カセルがあることでみんなが幸せになること」というのがあるんです。
誰かが不幸になったり犠牲になったりしてはいけない。
お客さんで言えば、パンを買って食べていただいて、幸せになってもらう。
スタッフに関して言えば、しっかり働いてもらって、パン作りを覚えてスキルを上げて、将来に役立てる。
地域の皆さんも「カセルができてこの町も明るくなったね」と言ってもらえたり、材料を卸してくれる業者さんも「カセルに買ってもらってうれしい」と言ってもらったり。
なんでも良いんですけど、カセルがあることで皆が幸せになれる。そんなお店でありたいですね。
Q.これを読んでいる次代の経営者に一言お願いします。
なぜ自分がそれをやりたいのかという気持ちを大事にしてください。
儲けたいなどの気持ちが先に来ると続かないと思いますので、本当に自分のやりたいことをやる。
パン屋さんもやりたくてやっていますので、モチベーションも保てるしパワーも湧いてきます。
やりたくもないのにやっていたら、困難を乗り越えるパワーも出てこないので、好きなことをやるのが一番です。
Boulangerie Kaseru
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